”Aphorisms” Franz Kafka

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centerstar “From a certain point onward there is no longer any turning back. That is the point that must be reached.”
from “Aphorisms” by Franz Kafka

Kafkaの一言集,”Aphorisms”の一節らしいのだが,実は私はこの原書を知らない.原書はもちろんドイツ語.しかし上の英訳は有名で,あちこちに引用されている.私がこの台詞を知ったのは,Paul Bowlesの名著,”The Sheltering Sky”にて.この中の”Book Three”の冒頭に,この台詞が掲げられている.

「そこを超えるともう二度と後戻りできない,そういう段階が存在する.そこへこそ到達せねばならぬ」.(拙訳)

“a certain point”は,「瞬間」と日本語訳されることもある.この”point”が時間なのか,場所なのか,あるいはもっと抽象的な概念なのか,Kafkaが正確に何を意図していたのかは分からない.しかしここは,人間が行う様々な活動・行為の,ある「段階」ととりたいところだ.

趣味でも仕事でも,あるいはもっと高邁に,人生の全体であってもいい.人は様々な目標をもって生きる.そこへ漸近することの愉しみ,苦しみが,人を形作り,人生に色彩を与えてゆく.人により,時によって,それは穏やかな所為であるかもしれないが,魂を変形させるほどの強烈なものを望むなら,それには一定の覚悟が要る.

この線を越えてしまったら,もう後戻りはできなくなる.いまいる場所に,あるいはいまある自分の姿に,戻ることはない.あったはずの様々な可能性は,今自分が選ぼうとしているものを除いて,消え去ってしまうだろう.また,その先にあるものが喜びなのか悲しみなのかもわからない.だが,それを踏み越えて進まなければ,本気で望むものは手に入らない.少なくとも,魂を揺すぶるようなものは.Kafkaが言っているのは,そういうことではないかと私は思う.何も失わずに,何かを得ることはできないのだ.

“The Sheltering Sky”は,関係が冷え切ったある夫婦が,その修復を目指して,北アフリカを旅する物語である.しかしその修復はままならぬまま,夫は現地の熱病に倒れ,帰らぬ人となってしまう.ここまでがBOOK ONE/TWOである.続くBOOK THREEは,ひとり残された妻の物語で,冒頭の台詞はそこの開始地点に掲げられたものである.二人の旅は,夫の死という,「二度と後戻りできない」ところを越えていった.それは悲劇であるが,しかし,妻がその後の人生を生きていくために,「到達せねばならぬ」ところであった.また夫にとっても,たとえその臨界点が自分の死であっても,行き詰まった関係をどうにかするには,そこに「到達」する以外の未来はなかった.著者Bowlesは,そう言いたかったのではないか.