“…That’s all I’ve ever dreamed of, Mr.Bones. To make the world a better place….It doesn’t matter what form it takes. To leave the world a little better than you found it. That’s the best a man can ever do.”
from “TIMBUKTU” by Paul Auster (1999)
現代アメリカを代表する作家,Paul Austerの作品からの一節.Austerは現実と幻想を巧みに織り交ぜた独特の小説を書く人で,本作もその特徴が大いに現れた佳作.
物語は,Mr.Bones(ミスター・ボーンズ)と名付けられた犬が,その主人に連れられ街を彷徨うところから始まる.Mr.Bonesは主人が大好きだったが,ホームレスすれすれの生活を送る主人は,やがてある場所で力尽き街角にへたり込む.そこで述べる白鳥の歌(※)がこれ.
「...俺が心から願ったのはそれがすべてなのさ,ミスター・ボーンズ.世界をいいものに変えること...それがどんな形でも構わない.この世界を,俺が入ってきたときから,少しだけ良くして,出ていく.それが人にできるせいぜいってやつじゃないか.」(拙訳)
そう呟いて,彼は静かにこの世界を抜け出て,どこかにあるという約束の地,「Timbuktu」へと向かってゆく.Mr.Bonesは,愛する主人がこの世界から消えていくのを感じながら,犬はそこへは入れないのか,主人はなぜ自分も一緒に連れて行ってはくれないのか,と悲しみにくれる.物語はまだ序盤.ここからが本番だ.主を失ったMr.Bonesは,ひとりで街を彷徨いながら,彼自身の「Timbuktu」がどこにあるのかを探してゆく.その彷徨は,とても涙なしには読めない.彼が結局どこに行き着くのか.ぜひハンカチを用意して読んでみて欲しい.(犬好きはバスタオル推奨.)
なお,Austerは実に音楽的な文章を書く.上の台詞を口ずさんで,その筆致を味わってみて欲しい.(私の訳では語感が再現できていないので,原文の方を.)作家には,「内容」を書く人と「文章」を書く人の二種類がいると私は思っている.Austerは,内容もさることながら,文章を書ける人だ.私はAusterに出会って,初めて英文を美しいと思った.(というか,「こういう英文が美しいのだ」と初めて思った.)
(※)「白鳥の歌」(swan song):白鳥が死ぬ前に最後の美しい歌を奏でる,という伝説に由来する表現で,今際の際の台詞や行動を言う.